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(4)使命に燃える

「ユーちゃん、あそーびーましょ」
 表で隣のみっちゃんが誘いにきた。昔の子供たちは遊びたい友達の家の前でこう言った。一種の口上のようなもので、それに対して「はーい」と答えて出ていくか、都合が悪ければ「あーとーでー」と叫んで断る。
 縫い物をしている母のそばで、腹這いになって本を読んでいたわたしは、「はーい」といいながら、がばっと起き上がった。みっちゃんは気が短い。すぐに返事をしないとどこかに行ってしまう。

「あんた、トロいなあ」
 全速力で茶の間から玄関にすべるように移動したのに、またいわれた。みっちゃんは大阪から昨年越して来たばかりだ。
「東京の言葉をおしえてあげてね」
 引っ越してきたばかりの頃に、みっちゃんのお母さんに頼まれた。みっちゃんの口から大阪言葉が消えるまでがんばらねば、とわたしは強い意志で臨んでいる。それなのに、みっちゃんは話すときになかなか大阪言葉を捨てようとしない。故郷への愛着か、郷愁か。行動はだれよりも敏速なのに、なぜだろう。
 言葉でみるかぎり、トロいのはそちらではないか、と抗議したいのだが、そんなこと言ったら、みっちゃんの機嫌を損ねるのは目にみえている。せっかくみっちゃんのお母さんの信頼を得て頼まれたのだ。この約束はぜひとも守らなければいけない。わたしはひそかに使命感に燃えている。

 みっちゃんは手に持ったなわとびの縄を、目の前に出した。
「なわとびやねん」
「なわとびよ」
 さりげなくみっちゃんの言葉を直す。あまりあからさまにすると、みっちゃんはむくれるから、それなりに気をつかう。前にみっちゃんが「大阪弁のどこが悪いっちゅうの」と鼻の穴をふくらませたことがあって、なだめるのに苦労した。
「べつに悪くはないけどさ、ここは東京だし」
「ほなら、大阪へ帰れとでもゆうのん」
 口が達者なみっちゃんは、ひと言かふた言で、わたしを黙らせてしまう。
 家の前でなわとびをはじめると、さっきの言語に関する問題はすっかり消えてしまった。頭の中にあるのは、どうすれば縄を何回もくぐれるかだけになった。

 家の二階から静かな音楽が流れ落ちてきた。ゼンさんは好きな音楽の領域も広く、部屋からはオペラから歌謡曲、そして外国の流行の音楽まで何でも聞こえてくる。でも、いま聞こえてくるのは、何かが地を這うような感じの歌だ。みっちゃんも気になるとみえて、ふたりでゼンさんの部屋をのぞくことにした。
 ゼンさんが居候として家に持ち込んだのは、ベッドとラジオとレコード。ベッドは、布団で寝るとお尻の形が悪くなるから、といっていた。
 畳の部屋に置いたそのベッドに、ゼンさんはうつ伏せになっている。回転する黒いレコード盤の上を針が滑っている。歌が終わると、ベッドから手だけを伸ばして針をもどす。
 部屋の戸を少しだけ開けて様子を見ていたわたしたちは、なんとなくいつもとちがう雰囲気を感じた。ゼンさんは重い病気かなにかなのだろうか。
「この曲は『つれない心』といって、失恋の歌なの。親戚のおばさんが教えてくれた」とみっちゃんがささやいた。
「しつれん?」「だれかに振られることや」と話していると、突然ゼンさんがむっくと起き上がった。
「うるさいなぁ。失恋やない、ちゅうの!」
ゼンさんのいつになく力強い声が響いた。(つづく)

 

 <沙木実里(さきみのり)プロフィール>

東京生まれ。東レ、カナダ大使館などに勤務の後、フリーライターに転向。朝日新聞社主催のエッセイコンクール入選を機に、企業PR誌やラジオ原稿を執筆。また夫の歌うシャンソンの日本語詞を手掛け、「今日でお別れ」の作曲家、宇井あきら氏のオリジナル作品に作詞をする。作品は、有楽町マリオンで開催されたコンサートにて、石井好子、菅原洋一などによって歌唱、披露された。

現在は「調布FMラジオ」で、1時間番組「気分はいつもブルースカイ」のパーソナリティを務め、企業の経営者や芸術家など、多彩なゲストを迎えている。同番組は開局以来20年を経て、現在も継続中。

【受賞歴】

岡山県井原鉄道特別列車「夢やすらぎ号」命名

第40回 北日本文学賞「軒の雫」にて選奨受賞

第10回 長塚節文学賞「風の櫛」にて小説部門大賞受賞 ほか

ソングコンテストグランプリ2019(日本作詩家協会、日本作曲家協会の共同企画)で「FLY〜旅立ち」にて最優秀作詩賞を受賞。11月より歌手のクミコにより歌唱、CD発売される。

<お断り>

この作品は、詩人の清水哲男氏主宰の会員制WEB週刊誌「ZouX」(ゾーテン)に掲載したものに加筆、修正したものです。作品はフィクションです。作中の登場人物は実在の人物とは一切関係ありません。

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