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(32)お誘い

 白い洋館に住むジュリちゃんから、みっちゃんと私に手紙がきた。かわいいスイートピーの絵が付いたカードには、「ディナーのおさそい」と記され、日時が書かれていた。
「ようこそ」とジュリちゃんは、わたしたちが聞き慣れない言葉で迎えてくれた。
「おまねき光栄でございます」
 みっちゃんは大人びた挨拶をした。きちんとお礼をいうのよ、と家を出る前に母にいわれたが、わたしは「ありがとう」としかいえなかった。
 ジュリちゃんは、二階にある自分の部屋に連れて行ってくれた。部屋は壁やカーテン、カーペットがピンクで統一されている。
「イチゴミルクの中にいるみたいだね」とみっちゃんがささやく。
 ジュリちゃんはフリルのついた薄いピンク色の服を着ていて、グリーンの服を着たわたしは、みっちゃんが言ったことを重ねると、苺のヘタになった気分だった。ジュリちゃんの持っている外国語で書かれた絵本の表紙は艶があって、日本のものとは比べようもなく美しい。
 どれでも好きなのをあげる、とジュリちゃんは強引にわたしたちに絵本を選ばせた。別にそういうつもりで見とれていたわけではなかったが、手の中に収まった絵本を返す勇気もなかった。この状況を遠慮深いというのか、または欲深いというのか、おなじ「深い」でも正反対になることに苦悩する。
 白いレースが掛かったダイニングテーブルには、ジュリちゃんのお兄さんも加わった。お兄さんはジュリちゃんよりずっと年上で、大森和代さんが大好きなアメリカの映画俳優みたいにハンサムだ。「はじめまして」という第一声で、みっちゃんとわたしはすっかり硬直してしまった。
 テーブルの上には、ナイフとフォークとスプーンが白いクロスの上で光っている。お手伝いの人が料理と野菜を並べた。
「いただきます」といおうとして、ふと別の空気が流れているのを感じた。見ると、ジュリちゃんの家族が目を閉じ、胸の前で両手の指を組んでうつむいている。
 みっちゃんと顔を合わせた。一体どうしたというのだろう。体の具合が悪くなったのか。目の前の料理を食べたくなくなったのだろうか。そのとき、ジュリちゃんの家族が小さな声を揃えた。
「天にましますわれらの神よ、、、」
 いただきますの前に、天にいる神様に挨拶しているのだった。わたしとみっちゃんはあわてて目をつむった。普段はテーブルについたら「いただきまーす」といえば食事をしていいことになっているが、この家ではそれが許されないらしい。食事のたびにこうして神様に感謝して許しを請うのだ。それは大変そうだけど、習慣になってしまえば何でもないことなのだろうか。それに外国の神様に日本語が通じるのか。そうか、神様は何でもわからないことはないのか。改めて神様の偉大さを知った。
 帰り道、みっちゃんは「やっぱり、わたし、お嬢さまになるのはやめとくわ」と大きく伸びをした。みっちゃんにいわれるまでもなく、わたしもすっかり疲れを感じていた。
「人には生まれながらに決められたことがあるような気がする」
 そういうみっちゃんに、わたしもうなずいた。
 一か月後、ジュリちゃんのパパが事業に失敗し、一家は夜のうちに姿を消した、とみっちゃんが知らせた。(つづく)

<沙木実里(さきみのり)プロフィール>
東京生まれ。東レ、カナダ大使館などに勤務の後、フリーライターに転向。朝日新聞社主催のエッセイコンクール入選を機に、企業PR誌やラジオ原稿を執筆。また夫の歌うシャンソンの日本語詞を手掛け、「今日でお別れ」の作曲家、宇井あきら氏のオリジナル作品に作詞をする。作品は、有楽町マリオンで開催されたコンサートにて、石井好子、菅原洋一などによって歌唱、披露された。
現在は「調布FMラジオ」で、1時間番組「気分はいつもブルースカイ」のパーソナリティを務め、企業の経営者や芸術家など、多彩なゲストを迎えている。同番組は開局以来20年を経て、現在も継続中。
【受賞歴】
岡山県井原鉄道特別列車「夢やすらぎ号」命名
第40回 北日本文学賞「軒の雫」にて選奨受賞
第10回 長塚節文学賞「風の櫛」にて小説部門大賞受賞 ほか
ソングコンテストグランプリ2019(日本作詩家協会、日本作曲家協会の共同企画)で「FLY〜旅立ち」にて最優秀作詩賞を受賞。11月より歌手のクミコにより歌唱、CD発売された。
<お断り>
この作品は、詩人の清水哲男氏主宰の会員制WEB週刊誌「ZouX」(ゾーテン)に掲載したものに加筆、修正したものです。作品はフィクションです。作中の登場人物は実在の人物とは一切関係ありません。

 

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