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(13)力道山のタイツ
 
 テレビが我が家にやってきてから、夜になると近所の人が集まってきて、我が家は急ににぎやかになった。テレビの一番の人気番組はプロレスだった。
 なかでも相撲界から転身した力道山の人気は絶大だった。レスラーにしては小柄なのに、大きなアメリカ人をバッタバッタとなぎ倒すのが剣豪のようで、整ったやさし気な顔立ちも魅力的だった。ほとんどのレスラーがショーツ式の短いパンツなのに、力道山だけはくるぶしまである長いタイツを穿いていた。
 昭和29年(1954年)2月19日からの三日間は大さわぎだった。世界タッグ選手権者のシャープ兄弟がはじめて日本に来た。蔵前国技館での試合の最終日、力道山は木村政彦と組んでシャープ兄弟と対決したのだ。
「ユーちゃん、ただいま。ンご〜」
 それまで出掛けていたゼンさんは、力道山の試合がある日に帰ってきた。ゼンさんは長く留守をした後は家中を掃除してくれる。母はゼンさんを待っていたように、台所の棚がこわれたとか、電気のコンセントの具合が悪いとか言って、直してもらった。父は仕事がいそがしいうえ、そういった細々としたことは苦手で、母はゼンさんを頼りにしていた。
 力道山の試合がはじまるまでに、ゼンさんは母の要望に応えた。わたしはゼンさんのそういった仕事をするときの手元を見るのがすきで、ゼンさんの後をついて廻った。
「居候というのはね、なんでもできなくちゃいけないのよ。それが礼儀というわけ」
 訊きもしないのに、ゼンさんは言い訳をしながら壊れたものを器用に修理した。
 力道山の試合開始の十分前になると、近所の人たちがやってきた。お菓子などの手みやげをもってくる人もあり、テレビはたくさんのプレゼントを運んでくれる魔法の箱でもあった。
 居間は人でいっぱいになったが、なかには見たこともないような人も混じっていた。居間と廊下の間の戸は開け放たれ、すきま風が入ってきて、テレビを楽しむには、寒さに強くなければいけないのだった。
「よし、いけ、いけ」
「そこだ、やれー」
 外国人のレスラーに負けそうになりながら、最後には空手チョップで相手をやっつける力道山に、みんなで声を張り上げて応援した。
 声が嗄れるほど声援をおくったのに、試合は引き分けで終わった。近所の人たちは一様に、ふう、とため息をもらし、それでも満ち足りた顔をして引き上げていった。
「ねぇ、ゼンさん、力道山はどうしてひとりだけ長いタイツをはいてるの?」
 いつも疑問に思っていたことだった。
「ああ、そうだねぇ。あれはね、お相撲さんだったときに誰かにかじられたんだね。その痕がついているから、隠してるんだよ、きっと」
「へぇ、そうなの」
 傷がのこるくらいかじられたなんて、すごく痛かったにちがいない。
「それからね、ユーちゃん。力道山ってやさしそう、っていってたよね」
「うん」
「男を顔で判断しちゃだめだよ。顔と中身はちがうんだからね」 
 ゼンさんのいう意味は、まったくわからなかった。
 後に力道山は赤坂の有名な店で、刃物で刺されて死んだ。やさしそうにみえた力道山は、実際にはかなり激しい性格だった、と知ったのは大分時間が経ってからだった。(つづく)

<沙木実里(さきみのり)プロフィール>
東京生まれ。東レ、カナダ大使館などに勤務の後、フリーライターに転向。朝日新聞社主催のエッセイコンクール入選を機に、企業PR誌やラジオ原稿を執筆。また夫の歌うシャンソンの日本語詞を手掛け、「今日でお別れ」の作曲家、宇井あきら氏のオリジナル作品に作詞をする。作品は、有楽町マリオンで開催されたコンサートにて、石井好子、菅原洋一などによって歌唱、披露された。
現在は「調布FMラジオ」で、1時間番組「気分はいつもブルースカイ」のパーソナリティを務め、企業の経営者や芸術家など、多彩なゲストを迎えている。同番組は開局以来20年を経て、現在も継続中。
【受賞歴】
岡山県井原鉄道特別列車「夢やすらぎ号」命名
第40回 北日本文学賞「軒の雫」にて選奨受賞
第10回 長塚節文学賞「風の櫛」にて小説部門大賞受賞 ほか
ソングコンテストグランプリ2019(日本作詩家協会、日本作曲家協会の共同企画)で「FLY〜旅立ち」にて最優秀作詩賞を受賞。11月より歌手のクミコにより歌唱、CD発売される。
<お断り>
この作品は、詩人の清水哲男氏主宰の会員制WEB週刊誌「ZouX」(ゾーテン)に掲載したものに加筆、修正したものです。作品はフィクションです。作中の登場人物は実在の人物とは一切関係ありません。

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