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(30)女剣士

 小学校の高学年になると、みっちゃんと遊ぶ時間がなくなった。みっちゃんが中学校からは私立に行くため、学習塾に通うことになったのだ。
「ユーちゃんも行こうよ」
 遊びに誘うときとおなじ口調で、みっちゃんはいう。
「学習塾ねぇ」とあまり熱を帯びてこないわたしに、みっちゃんは何冊かの本を置いていった。それはキュリー夫人やナイチンゲールの自伝などで、これからの女性はしっかりとした理念をもたなくてはいけない、というのだった。
 家の両親は保守的な考え方を貫き、女性の社会的活動を最上としていない。女の子は普通に育っていけばしあわせなのだ、という根拠のないゆるい方針しかない。
 こんなりっぱな女性がいるものだろうか。
 本を読めば読むほど、キュリー夫人やナイチンゲールの不撓不屈の精神に、かえって気持ちが萎えた。
「そんなことかんがえなくても、いいんじゃないかなぁ」
 子供の仕事は青空の下で元気に遊ぶことだ、という健全な持論をもつゼンさんは、わたしに勉強を強要しない。今やることをやっていれば、将来は自然と開けるものだ、と両親とおなじように幅の広い教育論を展開する。
「やりたいことがなかったら、それもまた人生というものさ。元気でいることが一番だよ」
 そうはいっても、みっちゃんがいないのに公園に行ったところでおもしろくない。男の子たちがマント代わりに風呂敷の端を首にまき、両手を広げてスーパーマンごっこをしているだけだ。あるいは木の枝をもってチャンバラごっこか。スーパーマンに窮地から救ってもらうのも、お姫さまの役をしてお侍さんに助けてもらうのも、なんだか飽きてしまった。陣地取り遊びだって、みっちゃんがいなければ入っていけない。いかにみっちゃんに頼っていたか、深く悟った。みっちゃんはもう友達ではなくなってしまうのかなあ、という漠とした不安も湧く。
 そういうのってさ、とゼンさんはわたしの目をじっと見る。
「友情とは別のものなんだよね。友達って書いて、たすけあい、って読むんだよ。たとえ遊べなくなっても、いつも気に留めているのが友達ってもんだよ」
 そうか、遊べなくても、みっちゃんはいつも心の中にいるんだ。わたしは急に元気を取り戻して、公園に行った。
「タノモー」とチャンバラごっこをしている男の子たちに声をかけた。男の子たちはぎょっとして、わたしを振り返った。
「なんだよ、ユーちゃん。お姫さまになるのはあきたんだろ」
「だから、きょうはおさむらいさんなの」
 バカだなー、と男の子たちは口々にいって笑った。
「じゃあ、一回だけ侍をやってみるか?」
 刀をすきなだけ振り回して、気がすんだら早く帰れ、と男の子は刀がわりの木の枝をくれた。
「それじゃ、ボクが相手になってやる」と言ったのは、いかにも弱そうな子だ。
 わたしは映画の中の中村錦之介や東千代之介の真似をして、木の枝を構えた。男の子は自分から仕掛けてこない。わたしから行くしかないか。
「えいっ」と呼吸とともに切り込むと、男の子の頭を直撃した。油断していた男の子の顔がゆがんで、わたしの勝利を証明した。女剣士になった爽快さに、わたしは酔った。(つづく)

<沙木実里(さきみのり)プロフィール>
東京生まれ。東レ、カナダ大使館などに勤務の後、フリーライターに転向。朝日新聞社主催のエッセイコンクール入選を機に、企業PR誌やラジオ原稿を執筆。また夫の歌うシャンソンの日本語詞を手掛け、「今日でお別れ」の作曲家、宇井あきら氏のオリジナル作品に作詞をする。作品は、有楽町マリオンで開催されたコンサートにて、石井好子、菅原洋一などによって歌唱、披露された。
現在は「調布FMラジオ」で、1時間番組「気分はいつもブルースカイ」のパーソナリティを務め、企業の経営者や芸術家など、多彩なゲストを迎えている。同番組は開局以来20年を経て、現在も継続中。
【受賞歴】
岡山県井原鉄道特別列車「夢やすらぎ号」命名
第40回 北日本文学賞「軒の雫」にて選奨受賞
第10回 長塚節文学賞「風の櫛」にて小説部門大賞受賞 ほか
ソングコンテストグランプリ2019(日本作詩家協会、日本作曲家協会の共同企画)で「FLY〜旅立ち」にて最優秀作詩賞を受賞。11月より歌手のクミコにより歌唱、CDが発売されている。
<お断り>
この作品は、詩人の清水哲男氏主宰の会員制WEB週刊誌「ZouX」(ゾーテン)に掲載したものに加筆、修正したものです。作品はフィクションです。作中の登場人物は実在の人物とは一切関係ありません。

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