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(15)黒ベエさん

 みっちゃんと近くの公園に行くと、すでに近所の子供たちが集まっていた。家の近くに友達がいなくても、ここに来ればかならず何人かがいて、遊びの輪に入ることができる。遊びといっても「だるまさんがころんだ」とか「陣地取り」とか「ハンカチ落とし」といった単純なものばかりで、誰でもすぐに仲間入りできる。
 公園でさんざん駆け回った後は、水飲み場で喉を潤し、また駆ける。運動が得意なみっちゃんは、公園の隅にあるケヤキなどの木に登るのが好きで、わたしはなるべくケヤキのそばに行かないようにしていた。別の遊びを提案すると、みっちゃんは正攻法で責めてくる。
「なんで、こわいのん」
 木登りを拒否する雰囲気を察して、みっちゃんは目を見開く。興奮するとすぐに大阪言葉が出てしまうのが、まだ修行が足りない証拠だ。
「だって、落ちたらいたいもん」
「こわいと思うからこわいんや」
 そうかな、こわいと思わなくてもこわいけどなぁ、とわたしはみっちゃんの興奮が収まるまで待つ。
「ほな、こうしよ。ユーちゃんは低いところまで、な」
 妥協案を考えるところはさすがだ。それ以上は抵抗できずに、わたしは仕方なくケヤキの幹が分かれるところまで登る。先に登ったみっちゃんは、その上まで登って幹をまたいだ足をぶらぶらさせている。余裕だな、とわたしは感心して、下のほうで座り心地のいい場所をお尻で探る。
 遠くで流行の歌が聞こえてきた。夏頃から流行っている歌だ。J—ポップがなかった当時は、外国の音楽以外の日本の大衆向け音楽は、すべて歌謡曲といわれた。その歌謡曲もヒットのサイクルが長く、何か月もラジオから流れて、日本中で年齢を問わず誰でもが口ずさんだ。
「この歌、しってるわ。春日八郎や」とみっちゃんが歌い出した。
「イキナクロベーミコシノマツニ、、、」
 みっちゃんに合わせて、わたしもいっしょに歌った。歌っているうちに、どんどん声が大きくなった。
「シンダハズダヨ、オトミサン、、、」
 どうしてこのオトミさんは死んじゃったのだろう、と疑問が頭をもたげた。
「ねぇ、みっちゃん」
 丸見えになったみっちゃんのパンツを見上げながら訊いた。
「なんで、死んじゃうんだろ、このひと」
「そうやな、風邪でもひいたんとちゃう」
 いきのいいクロベエさんという名前の男の人が、お御輿に松をかざった。あだ名はスガタノアライガミというらしい。でもどうして死んだはずなんだろう。風邪で死んじゃうなんて、かわいそうに。
 家に帰ってゼンさんに訊くと、ゼンさんはお腹をかかえて笑った。
「そうだね、クロベエさんがいるなら、シロベエさんがいてもいいねぇ」
 ゼンさんがそういって、ふたりでシロベエバージョンを作った。「イキノナイシロベエ、ニコシノタケニ、アダナカタチノアブラガミ、、、」
 ゼンさんは「無理をしなくても、大人になればわかることもあるけどね」といって、クロベエさんは黒い塀のことで、と本来の意味をおしえてくれた。でも、やっぱりなんだかわからない。
「人生はね、わからないことだらけだよ」とゼンさんは付け加えた。
「あのね、ユーちゃん。人生って書いてね、謎、って読むんだよ」
 そういって、ゼンさんは片目をつむった。
 人生には理解するのに時間を必要とする謎が多いらしい、というのだけはわかった。(つづく)

<沙木実里(さきみのり)プロフィール>
東京生まれ。東レ、カナダ大使館などに勤務の後、フリーライターに転向。朝日新聞社主催のエッセイコンクール入選を機に、企業PR誌やラジオ原稿を執筆。また夫の歌うシャンソンの日本語詞を手掛け、「今日でお別れ」の作曲家、宇井あきら氏のオリジナル作品に作詞をする。作品は、有楽町マリオンで開催されたコンサートにて、石井好子、菅原洋一などによって歌唱、披露された。
現在は「調布FMラジオ」で、1時間番組「気分はいつもブルースカイ」のパーソナリティを務め、企業の経営者や芸術家など、多彩なゲストを迎えている。同番組は開局以来20年を経て、現在も継続中。
【受賞歴】
岡山県井原鉄道特別列車「夢やすらぎ号」命名
第40回 北日本文学賞「軒の雫」にて選奨受賞
第10回 長塚節文学賞「風の櫛」にて小説部門大賞受賞 ほか
ソングコンテストグランプリ2019(日本作詩家協会、日本作曲家協会の共同企画)で「FLY〜旅立ち」にて最優秀作詩賞を受賞。11月より歌手のクミコにより歌唱、CD発売される。
<お断り>
この作品は、詩人の清水哲男氏主宰の会員制WEB週刊誌「ZouX」(ゾーテン)に掲載したものに加筆、修正したものです。作品はフィクションです。作中の登場人物は実在の人物とは一切関係ありません。

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