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(14)父の船

 父は家にいる時間が少ない分、休みが取れたときは愛情を集中砲火的に表した。だが、不器用なだけに気の利いたことはできず、母とわたしには迷惑と思えるようなことも多かった。
 夏休みが終わりに近づいた頃、父は敢然といった。
「よし、今年の夏休みの宿題はまかせておけ」
 父は日曜大工が得意ではないのに、一体なにを作るというのだろう。いやな予感が胸をよぎるのを感じながら、重い足を引きずって、父と庭に出た。 
 庭の中央には、父が準備した一メートルもある丸太が鎮座していた。わたしは父のこれまでにない強い決意にひるんだ。父が不得手な領域に情熱を燃やすと、いい結果を生まない。
 例をあげればきりがない。風邪で寝込んだ母におかゆを作ろうとしたことがあったが、ご飯と汁の割合を考えないおかゆは土鍋から溢れた。取り替えた電球は時間をおいて落下したし、絵の額を壁に取り付けると、まっすぐに並んだことがなかった。
「戦艦大和をつくる」
 丸太を前に父が宣戦布告をした。
 女の子に軍艦?とは思ったが、せっかくその気になった父の気持ちは尊重しなければいけない。はい、と返事をして指示を待った。「のこぎり」と父が言い、「はい」とわたしが手渡す。父は大胆に丸太を切り出した。
 昨年の夏休み明けに、クラスの子が40センチ高さの家を作ってきた。窓からは家の内部が見え、外国の家のようにソファや椅子までも部屋にある家のミニチュアだった。大工の父親が作ったのは歴然としていたが、わたしはそれが羨ましくて、家で報告をしたのだった。
 そのとき父は「宿題は下手でも本人がやるものだ。親が手出しをするものではない」と冷静に言い放ったが、あのとき父は内心ではかなり動揺していたのだ。そうでなくても家の細々としたことをゼンさんに任せている弱みもある。いつか娘の夏休みの宿題を手伝って、父親の威厳を示そう、と決意したにちがいない。
 わたしはのこぎりを握る父の手を不安に思いながら見つめた。
 ゼンさんが縁側に立って、父に話しかけた。こういう場合、話をしないほうがいいのに、とわたしはゼンさんをチラと睨む。
「この間の白井義男戦のときね」
「ああ」と父はのこぎりを引きながらゼンさんに返事する。
 ゼンさんは世間話で自分が帰ってきたことを父に知らせている。「あ、ゼンさんにやってもらったほうがいいね」といわれるのを待っているのだ。父は父で、決意した以上、なにがなんでもやり遂げてみせる、今回はゆずれない、という気合いが体を包んでいる。
「中野駅前の丸井百貨店の二階には100人も押し掛けた、床が抜けたっていうニュースね」
「ああ」
「あれは日本テレビの正力さんのせいだね。テレビを普及させるために街頭テレビを置いたっていうからね」
 父がのこぎりに力を入れた。
「都内55カ所、100台だって。商売うまいよね」
「ああ、あっ」
 父は切ってはいけないところを切り落としてしまったらしい。
「えっと、ちょっと出掛けてきます」
 ゼンさんは情勢悪化を察知して消えた。父はその後も孤軍奮闘し、わたしは手の出しようもなく、父の仕事の行方を眺めていた。
 出来上がったのは20センチくらいの小舟だった。わたしはその船体に赤い絵の具を塗り、白い帆を張った。父の最初の構想とは全くちがったが、船は一メートルの戦艦大和より、ずっと大きな船に見えた。(つづく)

<沙木実里(さきみのり)プロフィール>
東京生まれ。東レ、カナダ大使館などに勤務の後、フリーライターに転向。朝日新聞社主催のエッセイコンクール入選を機に、企業PR誌やラジオ原稿を執筆。また夫の歌うシャンソンの日本語詞を手掛け、「今日でお別れ」の作曲家、宇井あきら氏のオリジナル作品に作詞をする。作品は、有楽町マリオンで開催されたコンサートにて、石井好子、菅原洋一などによって歌唱、披露された。
現在は「調布FMラジオ」で、1時間番組「気分はいつもブルースカイ」のパーソナリティを務め、企業の経営者や芸術家など、多彩なゲストを迎えている。同番組は開局以来20年を経て、現在も継続中。
【受賞歴】
岡山県井原鉄道特別列車「夢やすらぎ号」命名
第40回 北日本文学賞「軒の雫」にて選奨受賞
第10回 長塚節文学賞「風の櫛」にて小説部門大賞受賞 ほか
ソングコンテストグランプリ2019(日本作詩家協会、日本作曲家協会の共同企画)で「FLY〜旅立ち」にて最優秀作詩賞を受賞。11月より歌手のクミコにより歌唱、CD発売される。
<お断り>
この作品は、詩人の清水哲男氏主宰の会員制WEB週刊誌「ZouX」(ゾーテン)に掲載したものに加筆、修正したものです。作品はフィクションです。作中の登場人物は実在の人物とは一切関係ありません。

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